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適性は重要、という話


筆者は妻子を連れて実家を飛び出してから、いろいろな仕事で食い繋いできましたが、建築会社の営業もした事があります。
とは言っても「釣りバカ日誌」のハマちゃんのようなものではなく、遊休地や農地の所有者を回って、広ければマンション建築や貸し店舗、僅かな土地でも立地次第では広告塔や野立て看板を建てる仕事をとって来るというものです。
実家を飛び出した時に自家用車を取り上げられましたので、子供を保育園に送るにしても自動車が必要でした。
通勤に社用車が使え、しかも妻子を食べさせていける仕事というと、そんな仕事しかなかったのです。
仕事をしながら何か資格でも取ろうと思っていたのですが、その職場には行政書士や測量士、宅建などの資格を持ちながら、外回りの営業をしている人たちがゴロゴロ居ました。
有名大学出身者も何人か居ましたね。
35歳ぐらいを過ぎると、学歴や資格だけでは仕事が無いと悟りました。
衆に秀でて出来る何かがあるかという本質的なスキルと、あとは人脈です。
現在の筆者が暮らしていけるのも、ボウリングへの探究心が人一倍あった事と、ボウリング界に人脈があったおかげです。
今となってみれば、イラストレーターやプログラマーといった、それだけでは食えなかったスキルも活きています。

まあ、そんな建築会社の営業をしている頃の話ですが、筆者は非常にマメな性格なので一生懸命担当地域を回り、有望客数ではトップクラスでした。
が、成約率が非常に低かったのです。
すこし絵が描けますので、勝手に建築予想図などを作って地主の元に持参するなど、営業ツールの自己開発はお手のものだったのですが、成約直前から先には、なかなか進まないのです。
せっかくその気になった地主を他社に獲られたこともありました。
成約金額に応じた歩合給の部分が大きかったので、生活も苦しいままでした。
思い悩んだ末に先輩の営業マンに相談したところ、「君は誠実で正直だから地主たちに話を聞いてもらえるところまでは行ける。だけど、何千万円、何億円という借り入れが伴う契約だから、いざとなったらためらうものだ。君は優しそうだから、土壇場でキャンセルしても許してくれそうだもの」ということでした。
要は「適性」が無かった訳です。
それで筆者はこの仕事に見切りをつけました。

筆者は何十年も雇用保険を払い続けていますが、職を転々としている間も、一度も失業給付金をもらったことがありません。
つまらない自慢ですが、筆者としては誇りに思っているのであります。

Published in 経験論