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人生は「方便」に満ちている

僕は思春期の大半を1970年代で過ごしたけれど、倫理観の原型もその頃に培われたと思う。同世代の中でも生真面目な僕の倫理観は、現代の感覚からすれば潔癖で狭量だろう。ボウリング場が深夜営業をおこなうことも、僕は今でも好ましくは思っていない。そんな僕が従業員最高位の職位にまで登れた要因のひとつが深夜営業での大成功だったのは、僕の人生の皮肉な部分だ。
大規模な競技会を受注できる社内環境を整えるためにはマニア向けではない経済的成功を収めることが必要だったし、そのおかげで認められ強大な権限を手に入れ、ギネス公認世界一のボウリング場で数多くの権威あるボウリング競技会を開催してもらえるようになった。
もう亡くなられたけれど、その振舞いのユニークさで業界内では知らない者がいないほど有名だった某社長は愛知県ボウリング業界の重鎮で、公式の席上でもたびたび当社の深夜営業を批判していた。僕は会社を代表する立場上、それに痛烈な反論を浴びせて黙らせていた。彼は亡くなるまで僕を恨んでいたに違いない。だけどね社長、僕はいつも内心では「おっしゃるとおり」だと思っていたんですよ。

Published in 思い出話