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スムート・ホーリー関税法

スムート・ホーリー関税法(Smoot-Hawley Tariff Act)は、ホーリー・スムート関税法(Hawley-Smoot Tariff Act)の名でも知られ、アメリカが1930年6月17日に成立した関税に関する法律であり、20,000品目以上の輸入品に関するアメリカの関税を記録的な高さに引き上げた。
正式名称は1930年関税法。
多くの国は米国の商品に高い関税率をかけて報復し、アメリカの輸出入は半分以下に落ち込んだ。
一部の経済学者と歴史家はこの関税法が大恐慌の深刻さを拡大した、あるいはそれ自体を引き起こしたと主張している。
この法律による税率は1934年の互恵通商協定法に基づく通商協定により引下げがされ、のち1962年通商拡大法以降の引下げ権限(貿易促進権限)を与える法律に基づく通商協定により更に引き下げられた。
ただし最恵国待遇の対象でない国からの輸入に適用される税率は、基本的にスムート・ホーリー関税法の税率となっている。
なお1930年関税法は、関税率のほか、通関手続き、関税評価の規定も含み現在も有効な法律であるが、この現在の状態の法律は、スムート・ホーリー関税法とは呼ばない。
第一次世界大戦後まもなく、アメリカ国内では保守主義が強まり、共和党が政権を獲得した。
第一次世界大戦中に債務国から債権国に転換したにも拘らず、ほぼ1920年代にわたって共和党政権下で保護貿易政策が採られることになった。
このことは、大戦によってアメリカに債務を負ったヨーロッパ諸国の負担をより深刻なものにさせた。
1929年、ニューヨークのウォール街における株式大暴落に端を発する大恐慌が起こった。
この恐慌は各国へ広まり世界恐慌へと発展するが、当時のフーヴァー大統領(共和党)は、国際経済の安定より国内産業の保護を優先する姿勢をとった。
こうした中で、スムート・ホーリー法が定められることとなった。
スムート・ホーリー関税法は、高率関税を農作物などに課すことで、農作物価格などの引き上げを図ったものである。
平均関税率は40パーセント前後にも達したことで、各国のアメリカへの輸出は伸び悩み、世界恐慌をより深刻化させることになった。
その後、1931年にフーヴァー大統領はフーヴァーモラトリアムを発して世界経済の安定を図るが、既に手遅れであった。

Published in 備忘録