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2019年の大晦日雑感

70年代前半に3,697というピークを記録したあと、70年代の終わりには千ちょっとという数に激減し、それでも20世紀のあいだは4桁を保っていた国内のボウリング場の数が、21世紀に入って3桁になったと思ったら、近年加速度的にその数を減らし始めた。
建物の老朽化に加え耐震基準が厳しくなり、施設オーナーが再開発を余儀なくされる局面でボウリング場の将来性に見切りをつける場合が多いけれど、風営法対策で赤字でもボウリング場を併設しているメリットが大きかったパチンコ業界に陰りが見えてきたので、この減少傾向は続くだろう。
複合アミューズメント施設でもボウリングは不人気コンテンツなわりに面積を占めているから、店舗数を維持してもボウリングレーン数を削減することは合理的経営判断として予測できる。
80年代、90年代を支えた固定ファン層(マイボーラー)の平均年齢老齢化が顕著となり、一般的庶民の余暇消費コンテンツとしては「割高感」が否めない。
ボウリングは「釣り」に似ていて、ハマれば奥深い趣味となるけれど、マニアではない人間がそれを客観的に見ていても退屈なだけだ。
したがって観戦スポーツとしてのボウリングが価値を持つのはボウリングマニアだけなのに、プロボウリング組織はマニアからプロを産み出すことはしても、ボウリングマニア育成には熱心でなかった。
ボウリング場側も、いつまでも「レジャー産業」としての繁栄の記憶から脱却できずに「ホビー産業」という発想が産まれず、固定客の育成を怠ってきた。
「ボウリングの大衆化」は1970年には達成していたのだから、そのあとの業界にまだ余力があった時期に「大衆のボウリング化」ともいうべきマニア育成段階に入っておくべきだったけれど、それも今だから言えることで、儲かっている時は将来もずっと好況が続くと思ってしまうものなのだろう。
設備産業は初期投資が莫大で運営費用はそれほどでもないから、現状の設備のサービス品質が通用するうちは継続できるけれど、再投資の段階で淘汰されていく。
数が減れば残存利得が生じるので、生き残れば余命は伸びる。
需要と均衡するレベルまで数が減ればしばしの安定が得られるから、とりあえずのゴールはそこだろう。

Published in ボウリング業界