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ハンディキャップ制度で考える「保守」と「リベラル」

中島岳志氏が作成したこの政治マトリクスを、ボウリング愛好家に解りやすく(=僕の身勝手な牽強付会だけどね)解説してみよう。
ボウリングにもハンディキャップ制度があるけれど、これは決定された算出基準を網羅的に施すもので、管理運営は中央集権的な「権力」がおこない、個々の例外は認めないから「パターナル」なものだ。
そして、ハンディキャップ制度は参加者全員の利益を公平に再分配する名目で設けられ、この制度の不備によるリスクは制度に参加する全員に及ぶので、ここでは強引に「リスクの社会化」という範疇に入れる。
相手にハンディキャップを与えても余裕で勝てるのはかなりの上級者であり、多くのミドルクラスはギリギリでハンディキャップを得られないか、あってもあるかないかの僅かなハンディキャップとなるので、競技者のマインドとしてはむしろスクラッチ(得点そのもの)で競う自由競争を望む。
自由競争を望むのは「リベラル」であり、権力によって人工的に平等を作ろうとする「パターナル」とは対極にある。
そしてスクラッチ制は当然「リスクの個人化」だろう。
このように考えると、「実力の違う者同士が楽しくボウリングで競おう」というハンデキャップ制度は政治的には「保守」ということになり、「ボウリングは競技なのだから、得点に細工せず競うことが平等なのだ」というスクラッチ制のほうが「リベラル」に属すことになる。
ここでは「ボウリングがスポーツ競技」という発想こそ陳腐化した保守的思想だ、という指摘は措いておく。
僕の論点は「自由は格差を野放しにし、格差を是正しようと制度的に平等を作ると自由を蝕む」という視点を、ボウリングのハンディキャップ制度に仮託してみたということなのだ。

余談になるけれど、ボウリングはスポーツ競技だとしてスクラッチ制を重んじてきた全日本ボウリング協会(JBC)が組織としてはパターナルであり、ハンディキャップ制を採用してきた日本ボウラーズ連盟(NBF)が組織としては相対的にリベラルなのはなぜなのか。
それは、昭和40年代の空前のボウリングブームによって「国民のレジャー」として定着したボウリングは、その運動強度の低さによって参加ハードルが低く、当時の「体育会系」思想が支配していたスポーツ界においては「ボウリングはスポーツではなく”遊び”」という認識に支配されていた。
今でこそスポーツの定義は幅広くなっているけれど、当時は「体育=スポーツ」であり、スポーツの美質は精神を鍛錬する苦行を伴う点であると信じられていたから、戦後に入ってきた軽い運動であるボウリングは、ボウリング場という遊興施設でしかできないという性質もあって、当時の体育協会に加盟することも難事であった。
剣道や柔道など精神性を重んじる武道派が支配的だった体育協会に加盟したJBCは、ことさらに儀礼を重んじて堅苦しくなっていき、当時のスポーツアマチュアリズムの価値観に沿ってアンチ商業主義を貫き、ボウリング場経営者団体と対立していく。
JBCがパターナルとなったのは、時代の環境なのだ。
そしてJBCの堅苦しさに嫌気がさしているボウラーが少なくないことに目を付けたボウリング場経営者団体は、JBCから分派したNBFの設立に力を貸すことになった。
ボウリングブームが去って大手資本が手を引き、シュリンクが止まらないボウリング業界の延命に、JBCとNBFの助力が大きくはたらいていたことは否定できない。
令和時代となりホビー産業として生き残るしかないであろうボウリングを、1987年から国体の正式種目にしておいてくれたJBCの功績を、業界は守っていかなければ危ないと思う。

Published in 妄想(笑)